"普通である"こと

祖父母いわく、'長子である私は家を継ぐ'ことが"普通"であり、それを当たり前とすることもまた"普通である"のだそうだ。

…いつの時代の話だろう?驚くなかれ、世は平成、しかも平成すらも終わろうとしている、そんな現代である。

両親いわく、'一人っ子の私は彼らの老後の面倒を見る'ことが"普通である"そうだ。

私の将来の自由とはなんだろう?私は将来、少なくとも彼らが死ぬまでは移動1時間30分以内の場所にいるべきらしい。…山の中だ。実家の立地を考えてものを言って欲しい。

"普通である"ことは、確かに、ある程度確定した未来をある程度の時期までは与えてくれる。しかし、私はそれを必要とはしていない。

私は、それが私の望むものではなかったとしても"普通である"べきなのだろうか。